2012年05月23日

「復興市場」で見える支援

「復興市場」をご存知ですか?
東日本大震災の被災地の支援のために立ち上げられたショッピングサイトで、被災地の地元商店から支援物資を購入して被災者に送ることができるシステムになっています。
詳しくは「復興市場」のサイトをご覧ください。

「復興市場」が素晴らしいなと思うのは、支援物資を地元商店から買う、ということです。町を立て直すには商売が活性化しなければならないでしょう。地元で商売をしている人も被災者です。
また、必要とされているものをミスマッチなく届けられる、自分の行った支援がどのように生かされるのか見えるというのもうれしいことです。

被災地の復興にはまだまだ時間がかかるでしょう。このような活動をなるべく多くの人に知ってもらい、共感してもらい、息の長い支援につながればいいなと思っています。

posted by ようこ at 00:57| 京都 晴れ| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月20日

モーツァルトの言葉にはっとする

図書館が近いのは本当にありがたいです。京都市では近くの図書館になくてもネットで検索して京都市の他の図書館から取り寄せができます。
今も何冊か借りていますが、『モーツァルト 演奏法と解釈』は取り寄せてみると分厚い本でした。小さな字でびっしりと書かれてあり、ページ数332の盛り沢山な本です。何%くらい読めるだろう(笑)。
さぞかし高い本だろうと値段を見ると3000円。安い。もしかしてと思い発行年を見ると、第一刷が昭和38年。おお、私も生まれていない。直近が第11刷で昭和54年。どうりで安いわけです。

最初の方から多少飛ばし気味で、さーっと眺めているとちょこちょこと気になることが書いてあり、時間をかけてゆっくり読む価値がありそうです。
そして33ページ目に感動的な文章が。
1781年モーツァルトが父親に宛てた手紙の中のものです。

「情熱は、はげしいものであろうとなかろうと、けっして嫌悪感を起こすまでに表現されてはなりません。音楽は身の毛のよだつようなシチュエーションにおいてもけっして耳を害してはなりません。そうではなくて、いつも楽しませねばならず、つまり、いつも音楽でなければならぬということです」

感動のあまり、何度も読み返しました。
実は、『モーツァルトの手紙』(吉田秀和氏編訳)という本も借りているのですが、きっとはっとするような言葉が埋もれているのでしょう。これもぱらぱらと見た程度でまだ見つけられていません。

なんせついついよくばって借りすぎてしまい読めずに返すというのがいつものパターン(再び借りることもしばしば)。
とりあえず期限までにまた素敵な言葉が見つけられたらと思います。

posted by ようこ at 23:14| 京都 曇り| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月16日

宮崎剛先生の講座で大感動!

今日はNHK文化センター梅田で、ピアニスト 宮崎 剛さんの講座「ピアノの名曲を訪ねて 〜生演奏とともに〜」を受けてきました!
宮崎先生は、先日ブログにもちらっと書きましたが、ラ・フォル・ジュルネ びわ湖で聴いた声楽アンサンブルの伴奏をされていた方で、魅力的な演奏が気になって検索したところホームページやブログもおもちで、この講座もそこで知りました。
今いっしょに練習している声楽のYさんも宮崎先生を知っていて、なんと一度セッションのような形で伴奏をしてもらったことがあるとか。即興演奏もされるすごい方だと聞きました(ブログに私の聴いたラ・フォル・ジュルネでの声楽アンサンブルでも即興演奏されていたと書いてありました。知らなかった(-_-;))。

たまたま聴いた演奏に魅せられ、さっそく講座を受けることとなり、期待に胸ふくらませ受講したわけですが、実に濃い!講座でした(笑)。
お話しもおもしろかったのですが、バッハからガーシュインまで全部で10曲ほどの熱演をかぶりつきで(笑)鑑賞させていただき、なんとぜいたくなんだろうとため息ばかり。
特に演奏曲目になかったガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」は圧巻でした。 途中でジャズのスタンダードなど2曲が組み込まれたのですが、演奏後に実は入れようと思っていたところで入れそびれて曲の後ろの方で入れたと説明があり、そのような機転の利かせ方がすごくて、ただただあぜん。
「楽しそうに弾いてるように見えるかもしれませんが、実は頭使うんですよ」と宮崎先生。
そりゃそうでしょう!頭よくなければできません、そんなこと。

帰りの電車で、たまたま持ってきた『ピアノ・ノート』(チャールズ・ローゼン著)という本を読んでいると(いつもは電車で本を読もうと思ってもすぐ寝てしまうけど今日は興奮気味でしばらく読むことができました)、今日感じたこととだぶることがありました。
ピアニストが直面する様々なスタイルに対して対処する方法の一つとして、独自のはっきりした個性を持つピアニストであればあらゆる音楽を自分の個性というフィルターを通して演奏することとありました。そしてそれは必ずしも原曲を損なうものではなく、例えばホロヴィッツがショパンをスクリャービンのように弾くことは、その作曲家の思いもよらない一面を明らかにしてくれるからと。

宮崎先生の演奏を初めて聴いたとき、まさにその個性にひかれたのだと思います。そして今日も様々な作曲家の曲を独自のスタイルで弾かれていたように思います。
魅力的な演奏とは? 個性を生かした表現とは? 抽象的で難しいテーマを頭に浮かべつつ、たくさんの刺激を受けた1時間半でした。

posted by ようこ at 23:56| 京都 | Comment(2) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月14日

『ピアノの知識と演奏』より

『ピアノの知識と演奏』(雁部一浩氏著)という本をざっと読みました。平凡なタイトルで薄い本ですが大変興味深い内容でした。

[第1章 序論]の中にこの本で伝えたいことだろうなと思えることを端的に表した文章があります。
「ともすると我が国では、科学的な考え方をすることに芸術と相容れない印象を抱いて拒絶反応を示す傾向がみられるのは残念なことです。これは「知的」という言葉から「冷淡」を連想する傾向、すなわち知性と情緒を対立概念として捉える誤謬に基づいているように思われます。しかし、ほんらい芸術に於いては知性と情緒は対立概念ではなく、むしろ不可分なものと言わなければなりません。すぐれた芸術は、その内容に於いては深く精神的なものでありながら、その方法論に於いては常に合理的な美しさを示すものなのです」

全体的に論理的で大変説得力のある文章だなと感心するのですが、例えば[第10章 音楽と感情]の中の(作曲と音表情)という箇所では以下のような文章があります。
「作曲家が頭の中で想像する響きは曖昧ではなく、実際に聴こえる音と同じように明瞭なものです。すなわち作曲者は自ら書きつつある音楽を頭の中で聴くことが出来るのであり、当然の事ながら、その音楽の醸し出す表情をあらかじめ知っているわけです。
ですから、いかに複雑な音構造の作品であろうと、音楽的な表情を度外視して単に理論上の操作として音符を書くなどということはあり得ません。もとより和声法や対位法などの音構造に関する理論は、それ自体は目的にならないのであり、もっぱら音表情の要求のみが音構造を決定づける動機たり得るのです。
したがって、つまるところ作曲という行為は「ある音表情を想定しつつ音構造を計画する作業」であると言っても良いでしょう。」

いくら音楽理論を勉強したところで、作りたい音楽のイメージがなければ真に良い作品はできないということですね。

また、同じ10章の(主観的アプローチの重要性)の中には上記の内容を受け以下のように書かれた箇所があります。
「前にも述べたように、もっぱら音表情の要求のみが音構造を決定づける動機たり得るのであり、作曲という行為が「或る音表情を想定した音構造の計画」であることを思い起こしてみれば、しかるべき音表情への共感なくして、単なる音構造への客観的なアプローチによって作品を理解しようとの企てには無理がることは明白でしょう。極端な楽譜至上主義や偏狭な原点主義は、ただ分析的、概念的操作によって芸術の本質に迫ろうという似非科学的な迷妄にすぎないのです。」

よい演奏のためには曲の分析以上に、作品の音楽表現への共感が大事だということですね。

そして同じ10章の(音楽的な共感)の中でさらに以下のように書かれています。
「一般に演奏という行為は私たちが作品にアプローチして作曲家の思いを代弁するという図式に捉えられがちですが、真相はその逆で、むしろベートーヴェンやショパンの方が私たちの切なる思いを代弁してくれているのではないでしょうか。私たちの内面に在るものを彼らが見事に書いてくれているからこそ「作品への共感」が生じるのだとすれば、つまるところ演奏とは「他者の作品を借りて自らの思いを表現する行為」ということになります。したがって、如何に天才的な作品を弾いてみたところで、所詮は自らの内面に見合った内容しか表現することはできません。」

うーん、なるほど。ここに表現の違いや深みが出てくるのだろうなと思いました。
芸術的表現というのはいくら訓練を積んだところで、内面的な充実がなければその表現を豊かにすることはできないということでしょうね。

その他この本で強調されている、美しい音や表現のための合理的な方法(無駄で無意味なことはしない!)についてももちろん大変参考になりますが、より印象に残ったのは上に書いたような内容です。改めて色々と考えさせてくれた本でした。ハイレベルな話ですが〜(-_-;)

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2012年04月30日

「ラ・フォル・ジュルネ びわ湖」に行ってきました!

29日は夫と「ラ・フォル・ジュルネ びわ湖」に行ってきました。
今年のテーマは「ロシア音楽」。
まず午前中にメインロビーで行われた無料コンサート、クラリネット、ファゴット、ピアノの三重奏を聴きました。ピアノはなんとエラール。といってもショパンが弾いていた?くらいしか思いつかなかったのですが、横に置いてあった説明を読むと「エラール モデル280 フルコンサートグランド 1927年製造 90鍵のエクストラベース付」という仕様の楽器で(森田ピアノ工房による修復・提供)、ハイドン、ベートーヴェン、リスト、ショパン、ドビュッシーなどに愛されたとあり、またベートーヴェンがエラールでピアノソナタ「ワルトシュタイン」「熱情」を作曲したことは有名とあり「へぇ〜」そうなんやと。
写真では黒く見えますが、ダークマホガニー(深い赤みがかったこげ茶のような色)の何とも言えない風合い。

erard.jpg

音はホールでないせいか、聴いていた場所が横の方だったせいか、少し響きが足りないような気がしましたが(演奏自体は素晴らしいのですよ(塩見亮さん))、後程ステージの裏側のカフェでたまたま他の演奏を聴いたらよく聞こえたので、やはり場所の関係かなという気がしました。

午後からは「びわ湖ホール声楽アンサンブル」の歌をホールで聴きました。この劇場専属声楽家グループの歌は以前たまたま同じびわ湖ホールで聴いたことがあり、その時の感動が忘れられずまた聴きたいと思いました。

最初の讃美歌(アカペラ)が始まったとたん、こみ上げるものがあり、うるうると。私はコンサートではいつもそうですが楽器の生音でも音出しの時点でうるうるきます。どうも「生」に弱い(電気楽器ではならない)。
曲目はロシア民謡が多かったのですが、なじみのある曲も多く、編曲もわくわくして楽しめました。歌ももちろん、期待通りに素晴らしかった!

もう一つよかったのは伴奏。全体としては音量をかなり抑え気味でありながらきらきらと歌の合間での響かせ方が絶妙で、決して歌とぶつかることなくしかし魅力あふれる演奏でした(宮崎剛さん)。

ラ・フォル・ジュルネ、とにかくいいなと思うのはホールでの演奏は3歳未満は入れないもののロビーや屋外での演奏は誰でも自由に聴くことができ、屋台などが出てまさにお祭り気分で音楽を楽しめることですね。
またホールでのコンサートも時間が短く、初心者の人でもお試し気分で気軽に聴くことができる。クラシック音楽を身近に楽しんでもらうための音楽祭ですね。

フランス生まれのラ・フォル・ジュルネは日本でも開催地が少しずつ増えていますが、関西では今のところ滋賀だけのようです。しかし、びわ湖ホールのある大津が京都駅から2駅とは驚きました(そんなに近かったっけ!)。

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2012年04月22日

歌は身振り手振りあってこそ

21日(土)、草津で行われた声楽愛好家の音楽会に行ってきました。
今、施設での演奏に向けていっしょに取り組み中のYさんが出られるということで。
色々な声楽の曲が聴けておもしろかったですが、改めて歌というのは楽器演奏と違って、体のみ!なのですね(当たり前なんですが)。楽器を使わないから体は自由に動かせるわけで、音楽に合わせ自然と体が動く(特に手!)。
直立不動で歌っている人はいなかったと思います(笑)。
体の動かし方は人それぞれで、歌はそれも含めたパフォーマンスなんだなと思いました。
伴奏も色々と参考になりました。
これからの練習に生かしたいです。

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2012年04月19日

一流のピアニストであっても伴奏は?

『伴奏の芸術』という本を読んでいます。
著者はヘルムート・ドイチュ。ウィーン出身。世界屈指の伴奏者、およびアンサンブル・ピアニストと紹介されています。
第1章「伴奏者としての準備」の中に興味深い話があります。

歌曲の世界に本物の興味と愛着を持って取り組むすばらしいピアニストたちは、伴奏者としてもしばしばあまりにも傑出していて、我々は舌を巻いてしまう(そして恐れてしまう)ほどである。
その例として
スヴャトスラフ・リヒテル、アルフレード・ブレンデル、アンドラシュ・シフの名前を挙げています。
 
一方、
時として、“偉大な”名前の中で苦い失望を味わうこともある。
こちらには、ヴラディミール・ホロヴィッツ、マウリツィオ・ポリーニの名が。

一流のピアニストであっても、伴奏者としてこのように評価がわかれるのは、伴奏に対する姿勢という事になるようですね。「ただの伴奏」と思うか、ソロの曲と同じような熱意で取り組むか。

そしてこう書いています。
自分に本当に厳しく耳を傾ければすぐわかるように、根本において“やさしい”ものなど何ひとつありはしない。

私もそう思います。

posted by ようこ at 00:04| 京都 曇り| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月17日

歳を取るごとに表現豊かになれたらな

3月に行った京都フランス音楽アカデミーの公開レッスンの中の、クリスチャン・イヴァルディ(ピアノ室内楽)のレッスンで印象に残っている言葉があります。
ピアノの若い女の子に
「人生、目的を持ってそれに向かって頑張れる時と、目的を見失ってさまよう時がある。そのさまよった感じを表して」
この例えは若い子にはちょっと難しいかもしれないな、私は少しわかるぞと思いました。
しかし!さまよった経験はあっても、それを音楽で表すとはやはり難しい!
テンポの揺らしかたの例えだったんですけど。
ちなみにクリスチャン・イヴァルディは70歳を超えてらっしゃる。
人生経験豊富なほど表現も豊かになるのだろうなと改めて思ったのです。

〇〇一筋というのも分野によっては必要でしょうが、芸術のように表現力が大切な分野では様々な経験を積むほどにそれが生かされるのだと思っています。
音楽一筋で、表現力をつけるために絵を見るとか義務的なものではなく(それではあまり意味がないでしょう)、心から興味のわくものに接して感動する!これが大事でしょう。
歳をとるごとに前よりはよい表現ができるようになったなあと感じられれば、歳をとるのも楽しいと思えるかもしれませんね。
posted by ようこ at 00:50| 京都 雨| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月13日

曲の魅力は演奏次第

今、ロジャー・ウッドワードの「ピアノ名曲を弾く」を聴いています。
全部で51曲。静かめの小品ばかりでなじみのある曲もたくさん。
ロジャー・ウッドワードのことは今まで知らなかったので、全く先入観なしで聴いていますが、すごく魅力的な演奏です。タイトルを見てあまり新鮮味がないよく知っている曲であっても、この曲実はいい曲やん!と思わせてくれる弾き方です。
曲の魅力は演奏次第で大きく変わることを再認識しました。


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2012年04月11日

真実は掘り出して見つけるもの

震災がれき問題、皆さんはどの程度関心をお持ちでしょうか?
新聞やテレビなどでは、かなり偏った報道がなされているようです(私はどちらも見ていないのでネットでそういう情報を得ています)。
その結果、東北の人達を助けるために自分たちの住んでいる自治体でもがれきを受け入れるべきだと思っている人もいるかもしれません。
しかし!
果たして何も問題はないのでしょうか?
がれきを受け入れるとお金も入ってきます。安全でお金も入ってくるなら誰も断る人はいないでしょう。
ところが知事や市長などで、受け入れを反対または慎重に考えている人は少なくありません。それは安全性に対する根拠が怪しく、反対している市民を納得させられる十分な説明が不可能だからです。

安全でなくても痛みを分かち合うべきと言う人がいるかもしれませんが、では、友人や家族が病気やけがをしたからといって自分も同じようになろうと思うでしょうか?自分は元気でいて支えてあげられる状態でいることが大切ではないでしょうか?
しかも、がれき受け入れが一番の支援であるか?本当に復興の妨げになっているか?というとどうも怪しいのです。

そこで是非まだ十分な情報をお持ちでなく、がれき拡散のどこが問題なのかピンと来ない方の参考になるかもしれないページをご紹介します。

【必読】瓦礫広域処理は問題の山 環境総合研・池田副所長に聞く

がれき受け入れについて医師の立場からの意見書

がれき「私自身が不安を払拭できないでいるこの問題について、市民に受入れをお願いすることはできません。」上田文雄 札幌市長

環境省が震災ガレキの広域処理の基準としている「1kgあたり8000ベクレル以下埋立処分可」の数字はどこからでてきているのか?(これはちょっと長いです)

これら以外にもがれきの問題を指摘しているサイトは検索すれば山のように出てきます。
真実は掘り出して見つけるものだと思っています。

posted by ようこ at 23:56| 京都 雨| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする