2015年05月28日

自然と芸術

ストラヴィンスキーの『音楽の詩学』(未來社)の中の第2課「音楽現象について」の中に次のような記述があります。

「私は、それ自体として心地よく、耳を愛撫し、完全たりうる喜びを私たちにもたらす基礎的な音響、生の状態の音楽素材の存在を認めます。けれども、そうした受動的な快感の彼方に、私たちは、秩序づけ、活気づけ、創造する精神の操作に私たちを積極的に関与させる音楽を発見しに赴くのです。というのも、あらゆる創造の根源には、地上の糧に対する渇望ではない渇望が見出せるからです。そのようなわけで、自然のたまものに、策略―それこそが、芸術(アート)(技術)の一般的な意義です―の恩恵が加わります。」

(この中の「基礎的な音響」、「生の状態の音楽素材」とは前述している「木々をわたる微風のささやき」「小川のせせらぎ」「鳥の歌」などのことだと思います)

受動的な感動を得られる自然の音と、それとは別に意思をもって人が作り出す音楽(芸術)というもの違いを明確に表現した文章だなと思いました。翻訳されているから原文とのニュアンスの違いがどの程度かわかりませんが、簡潔でしっくりくる表現です。


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2015年05月23日

京都・国際音楽学生フェスティバル2015

今日から始まった「京都・国際音楽学生フェスティバル2015」に行ってきました。毎年府民ホールアルティで行われていることは知っていましたが(今年で23年目だそう!)、特別気になることもなく行ったことはありませんでした。今年は今日の分のチケットをいただいたので、初めて行ってみることに。

今日は、ベルリン芸術大学の学生がチェロとピアノのアンサンブル、パリ国立高等音楽院の学生がヴィオラとピアノのアンサンブル、そして最後に両学校のピアノの連弾と、日本の音大生たちやシベリウス音楽院の学生も加わって弦楽アンサンブルが行われました。

ベルリンの2人はテクニック、オーラとそろっている感じでなかなかすごかったです。ピアノの響きのコントロールが素晴らしかった!
今日のプログラムの中で印象的だったのは、グラズノフの曲です。今までこの作曲家の作品は聴いたことなかったので、新鮮でした。
弦楽アンサンブルはレスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲」でしたが、生演奏の弦のハーモニーに弱い私は始まるとさっそく涙目に。演奏自体とてもよかったですが、色々な国の学生が1つの音楽を奏でているという様子に、たいへん感動しました。彼らは何語でコミュニケーションをとっているか知りませんが(やはり英語かな?)、演奏は言葉はいらない。目と目で合図をすれば、あとはお互いの響きに耳をすませ、同じ音楽を感じる。音楽は素晴らしいなとあらためて思いました。

思っていた以上に楽しいコンサートで、明日以降のジュリアード音楽院やウィーン国立音楽大学などその他の音楽学校もそれぞれ違いがあってプログラムもバリエーションに富み興味そそられます。
今年は今日だけですが来年はもうちょっと聴いてみたいかなという気分です。

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2015年05月19日

月のひかり

「月のひかり」という曲を作りました。月の光には若い頃からとても魅せられています。部屋のあかりが全部消えているのにほんのり明るくてはっとする。窓から入ってくる月の光はとても幻想的で、いつも静かな感動があります。

娘が小学生の時に、夫とweb絵本を作っていたことがあるのですが(私がお話を書き夫が絵を描く)、その中に「月のひかり」というお話があります。


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子育て中には色々な思いがあって、たくさんの物語が浮かんできましたが、このお話で伝えたかった思いは今でも変わらないなあと思います。

月の光と言えば、ドビュッシーの「月の光」、ベートーヴェンのソナタ「月光」が有名ですよね。全然違った月の光を音楽で表現している。私もさっそく「月のひかり」をイメージして作ってみたわけです(ほんの小品です)。でも、この言葉からはもっとイメージが浮かんできそうなので、また将来同じタイトルで違う曲を作ってみたい感じがします。

そして、今日は久々にベートーヴェンの「月光」第一楽章を弾いてみて、ああ、なんて深い美しさをたたえているんだろうと、感じ入りました。




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2015年05月16日

創作の楽しみ

昨年は、パブロ・エスカンデさんから演奏に役立てるためという目的で、一般の楽典より踏み込んだ楽曲分析やら理論のレッスンを受け、自分でも作曲関連やその他役立ちそうな本をたくさん読んできました。今年に入ってから、アンサンブルをきっかけに編曲を始め(これまでは伴奏を考える程度でしたが)、さらにピアノソロの編曲・作曲も始めています。
パブロさんは作曲家なのだから、教わればいいのかもしれませんが、自分の中からどんどん音楽が出てくるので、それに従って今は取り組んでいます。レッスンはお休みしています。パブロさんも私の状況を理解し、自分のやり方でやればいいと言ってくださっています。

以前に図書館から借りてほとんど読まずに返した作曲関連の本をまた借りなおしたり、本棚にあった本を思い出して読んだりしています。演奏のためよりも作るための方が、より強い興味を持って読めます。色々なことが書いてある中の、「これは参考になる」というのがはっきりわかったり。

ただ、作曲に役立つような本は売ってるものも含めとても少ないと思っています(日本語の本は?)。ルールの羅列だけのような本ではねぇ。本で勉強したから作曲できるというものでもないと作曲の本を書いてる人が書いている(笑)。

何も偉そうに言えることはないのですが、音楽がたくさん浮かんできてそれを五線紙にどんどん書いていっている元となっているのは、自分の演奏や鑑賞を含めた感動を伴った音楽経験なのだろうなと思っています。美しいと感じたり、強く心を動かされたメロディやハーモニーやリズムなどが栄養となっているのでしょう。

そんな感じで今年からはピアノを弾いたり音楽を聴いたりする喜びに加え、さらに創作するというとてもエキサイティングな楽しみを日々実感しています。どこまでできるかわかりませんが〜(^_^;)




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2015年05月13日

バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ

台所で片付けしながら、ナクソスでゴドフスキーのバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタのピアノ編曲集を聴いていたら、「きたー」(笑)、私の好きな曲が。たまに弾いてみてるんですけど(あまりちゃんと練習できてませんが)、ポリフォニックな響きがたまらんです。
それで、久々にこちらの動画も見てみました。ヴァイオリンです。弦楽器はピアノではできない表現ができるのでこちらもたまらんです(笑)。

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2015年05月11日

伝わるといいな、という思いです

今日は児童館で行われている月一の「ピアノに合わせてあそぼう」の日でした。今日も多くの親子で歌ったり体を動かしたり。
最後のプチコンサートでは自作の「チューリップ変奏曲」と「ひだまりで」という曲をやりました。
「チューリップ変奏曲」は、一応童謡のチューリップを編曲したものですが、何度か転調するし、短調にもなるし、原曲にはないメロディーもあるしで実はそんなに(ぜんぜん)子供向けじゃないかなと思っています。
でも誰にとってもなじみのあるはずのメロディーが出てくるから、なんとなく親しみをもってもらえるのではと思って選びました。
「ひだまりで」はタイトルをイメージしてから作ったもので、こっちの方が穏やかな感じかも。3拍子の軽やかな曲です。
好きなクラシックの作品を演奏して聴いていただくのももちろんうれしいことなのですが、自分の作品はまた違った気持ちで気合が入ります。自分の作ったもの、自分の音楽をちゃんと伝えたいというか。皆さん静かに聴いてくださって(小さな子がたくさんいるというのに)、ありがたいことです。
今日もみんなと一緒に音楽ができて楽しいひと時でした。



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2015年05月05日

自然を感じて

今日は大田神社のカキツバタを見て、またそこから近い深泥池まで行って自然を楽しんできました。いずれも歴史が長く、特に深泥池は氷河期以来の動植物が今も生き続けている!という自然豊かな場所です(深泥池といえば、おばけの話が有名で子どもの頃は怖く感じましたが(笑))。
上賀茂神社と大田神社の間にある、藤木社の樹齢500年のクスノキの存在感もすごいです。いつも巨木を見かけると、オーラを感じ、しげしげと眺め、ずっとそこに生き続けていることについて不思議な思いがします。何百年も周りでおこっていることをずーっと見てきてるんだなと思えたり。どうしてもただの木とは思えない(笑)。
ゆっくりと自然と向き合って、色々感じて、また創作などに生かせそうな気分です。


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