2015年11月18日

水彩画展で

今日の夕方、夫と寺町のギャラリーカトで行われている淺田ようこさんの水彩画展を見に行きました。淺田ようこさんは夫の水彩画の先生です。雨が降っていましたが、ギャラリーには次々とお客さんが来て、熱心に絵に見入ったり、絵について淺田先生に質問をしていました。花の絵と外国の風景の絵が多かったですがとにかく色づかいがきれいし、明るいです。見ていると晴れやかな気持ちになってくる。絵を見ていて、まるでその場でその光景をみているような気分になりました。写真では写せない、その場の空気のようなものが表現されているからではと思ったりします。

淺田ようこさんの絵からは、見ている人を幸せな気持ちにしたいという思いが伝わってくるようです。そして見ている私たちは幸せを感じる。芸術とはそのためにあるのだと改めて思うのでした。

私も聴いている人にほんの少しでもいい気持ちになってほしいといつも願っています。

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2015年11月16日

第六感って?

第六感とは何でしょうね?
ネットで調べたらブリタニカ国際大百科事典の解説は以下の通りです。

「人間の5官 (視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚) 以外の,あるいはそれをこえる第6番目の感覚の意。また,心理学者黒田亮は,これを意識の「識」に対して「覚」と呼び,知的・芸術的活動や武道などにおいて作用するとした。」

『ピアニストならだれでも知っておきたい「からだ」のこと』(春秋社)では、第六感とは「筋感覚」だと書いてありました(読んだ時のメモによると)。例えば手を頭の上に上げた時にその手は見えないし何にも触ってなくても、手がどこにあってどのような状態であるかわかる感覚ということだったと思います。

第六感について思うのは、例えば昨日ピアノを弾いた元彫刻家のアトリエのような場所で感じる感覚、その場に行った時に自分が感じる何かについて不思議に思うことがよくあるからです。特に古い建物、歴史のある場所、巨木、自然のようなものに向き合っている時、私が感じているのは「時間」なのかなと思ったりします。時間が作り出した何かを感じているのかな?と。そこにはそれが何十年、何百年そこにあるという事実を理屈で理解しているという部分もありますが、そこからそれが一体どういうことなのかを考えるのはイマジネーションの世界で、そういったものが合わさった感覚なのかもしれません。

第六感って結局何か? 言葉ではうまく表せないような感覚かな?

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糺の森 ここはやはり特別な感じがするのです。




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2015年11月15日

彫刻家のアトリエ

今日は修学院のアトリエ松田で行われたピティナのステップでショパンとモーツァルトを弾いてきました。このピアノのイベントは全国各地で行われていて京都でも2〜3カ月に1度ほどいくつかの会場で行われます。
ステップはこの会場だけ参加しています。ここは松田先生の、彫刻家であったおじいさんがアトリエとして作られた部屋ということですが、やはり何か特別な感じのする場所です。周囲は壁に囲まれていますが、高い所に大きな窓があって自然光がたくさん入ってくるようになっています。私はホールよりもこういう雰囲気のある場所が好きです。

初めてここで弾いたのは4年前ですが、どういう場所かあまり考えずショパンの幻想即興曲を準備していきました。アトリエに入って、あれ、これは選曲を誤ったなと思いました。もちろん、皆さん色々な曲を弾かれますが、私はここではもっとここの空間にあったしっとりした曲を弾きたいなと思い、次の年からはずいぶん選曲にはこだわっています(悩みます)。

建築空間は何かを行う場所ですが、ここは、そこに合う音楽で満たしたいという思わせてくれる所です。元々彫刻を行うために作られた場所は、別の芸術的行為を行う際にも何か感じさせてくれるのかもしれません。

弾き終わった後、ある女性が、きれいな音で感動しました、と言ってくださいました。これまでも時々そうやって直接感想を言ってくださる方がいらっしゃいましたが、その一言でまたがんばろうと思えます。それらの言葉は私の宝物です。

明日からはクリスマスのイベントに向けて、編曲にもとりかからないと。設計の方のあれこれもあるし、やること色々です(-_-;)。

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posted by yoko at 23:06| 京都 ☀| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月09日

接点はモーツァルト?

今日は児童館の「ピアノに合わせてあそぼう」の日でした。
最後のプチコンサートでは、モーツァルトの曲と自分の曲を弾きました。プチコンサートは私が2年半前くらいに児童館のボランティア演奏を始める時に提案させてもらいました。伴奏以外に自分がソロ曲を弾きたいからお願いしたわけですが、ぜひぜひと言っていただき毎月2曲ほど、聴いていて退屈しない程度の短い曲を弾かせてもらっています。
最初の頃は、バロックのシンプルなものが多かったですが、少しずつモーツァルトやシューマンなどの小品を弾くようになりました。選曲にはそれなりに気を使っています。やはり小さなお子さん(赤ちゃんも含め)ばかりですから、なるべくやさしく穏やかな感じの曲選びをしています。

家では最近ほとんでモーツァルトとショパンばかり弾いているよう感じになっています(たまに自分の曲や気まぐれで別の作曲家の曲)。演奏料をいただくことがたまにあっても、音楽を生業としてるわけでないので基本的に弾きたいものを弾く、音楽は純粋に喜びのためにやっているので、ほとんどその時弾きたいものしか弾かないです。なのでピアノを弾いている時間は本当に心が満たされる。

それで、最近児童館で何を弾くかとなると、今日のような選曲になってくる。モーツァルトの曲(激しくないやつ)は児童館で弾くのにまあまあ適しているのではと思うし、練習する気分にもなる。弾きなれたものも何曲かある。でも実は、モーツァルトは胎教や子どもにいいという話については、本当にそうかどうかはわからないと思っています。モーツァルトの曲はシンプルに聞こえて、実は深く心を揺さぶるものがある。知らず知らず揺さぶられていたり。これは個人の感受性によって違ってくると思いますが、その点子どもは敏感である可能性もある。大人には良くても子どもにいいかわからない。
そんなことも思いながら、モーツァルトが児童館で聴いていただくのに、そして自分が弾きたいという気持ちに正直であるのにちょうどふさわしいのではと今のところ思っています。


posted by yoko at 23:29| 京都 ☔| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月04日

建物内の音環境

先日近くにオープンしたホテルに、夫と偵察に(笑)行ってきました。最近京都では増える観光客に対応するように新しいホテルも増えているように思いますが、日本らしさ、京都らしさをどの程度意識しているかが気になるところです。そのホテルは1階の道路に面した部分がカフェになっていて、そこを通り抜けても、またカフェに入らず横の通路からも奥のフロントに行けるようになっています。全面ガラス張りなので中が良く見えます。やはり普通のカフェと違ってホテルだから入りにくいのか、お客さんはほとんどいません。カフェに入って真ん中あたりのテーブルに座ってインテリアを拝見。ぱっと見は和的な要素は少ないですが、やはり所々にさりげなくデザインされているようです。
お茶を飲みながら通りを見ていると、たまに止まって中を見ている人がいます。ホテルだけどお茶だけでもいいのかな?という感じでしょうか?

BGMにクラシックのピアノ曲が流れていましたが、よくお店などで流れているボリュームよりは控えめで微妙な所で調整されている感じです。ショパンのエチュードなどもう少しボリュームが大きければ少し耳障りかもしれませんが、そんなことはありませんでした。
私は毎日自分の出す音を「聴く」という行為をしているので、音には少し敏感かもしれません。空間の雰囲気を作る要素として音楽はけっこう影響あると思っています。ジャズかクラシックでは場の雰囲気が全然違ってくる。音楽がなければ、別の物音にもっと注意がいくでしょう。

飲食店など内装の状態によって残響の強い所もわりとあります。音楽や人の声が混ざってわんわん響いているから話す際に大きな声が必要な所もある。なかなか辛いです。耳が。
建物内の音環境は私にはとても重要に感じられますが、実際一般にどこまでそのことについて考えられているかはわかりません。このホテルのBGMはGoodでした(笑)。


posted by yoko at 23:45| 京都 ☁| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする