2016年11月27日

もっと自由に

少し前、ジャズのことを調べていた時と前後して、『インプロヴィゼーション』(デレク・ベイリー著/工作舎)という本を読みました。この本は今も本屋さんにありますが、うちにあるのは発行1981年となっています。結婚当初から家にありましたが、何度か読もうとしてあまり興味を持てずにいた本です。でも、今は作曲や編曲してそれを演奏するという中で、クラシックを弾くのとは違う音楽に対する取り組み方を模索していて、この本も興味をもって読めました。

インプロヴィゼーションとは「即興」のことで、この本は、現代音楽、インド音楽、フラメンコ、ジャズ、ロック、教会オルガン、バロック、フリーというジャンル別に、その分野の音楽家への聞き取りと著者の考察がなされています。
まず前提として、デレク・ベイリーは即興には二つの主要な形態があると述べています。
「イディオマティック(イディオムに根ざした)」と「非イディオマティック(イディオムに根ざさない)」の二つです。
イディオムとは英語で慣用語、熟語、語法といった意味で、つまり、そのジャンル内で通用する言葉のようなものではないでしょうか。そういう意味ではフリー以外は、だいたいイディオマティックに入るのではと読んで思いました。
ここでは即興におけるイディオムの役割を「主にあるイディオム―ジャズとかフラメンコとかバロック―の表現方法に結びつき、そのイディオムからアイデンティティーや動機づけをえている」と書いています。

なので、ただ感性で、その場でひらめいて、インスピレーションを得て突然演奏するというよりも、その分野のイディオムを蓄積した上で、即興演奏ができるようにトレーニングをすることになるということですね。先日の法然院のバロックコンサートでもそんな説明がありました。
先日、ジャズのパターンやフレーズを覚えるつもりがなくて、すぐにレッスンをやめてしまいましたが、私はオリジナルに取り組んでいるので、ジャズのイディオムを覚えても仕方ないということです。

もちろん、即興演奏をするつもりもないのですが(無理だし)、自分の曲でもたびたび演奏することになると、その都度新しい曲を用意できたらいいのですが、なかなか追いつかず、演奏する自分自身がもっと変化がほしいなというところにいたっています。それで、演奏の際何か工夫が必要だなと思い始めたのが、即興に興味をもったきっかけです。
以前、「自由について」という記事を書きましたが、その時フランス人に言われた、自分の曲でも毎回同じように弾くのなら自由じゃないのじゃないの? という意見について、その時はそんなことはないと思っていたけど、ようやくそうとも言えることもあるかもと思うようになりました。
それでもやはり、即興というのは、特に何かのイディオムを持ってるとか、そういうことが得意でなければ難しく、私のような者の場合、ちゃんとあらかじめ検討を加えた作曲や編曲の方がまだましなものができるはず。家では簡単な即興は試してみてるし、児童館ならやさしいやさしい即興的なことはやりますが、ちゃんとした演奏として即興ができるとは、今のところとても思えない。

それで、昨日のいるか喫茶バーでの演奏は、あらかじめ自分の曲を何曲か編曲してみました。これなら短期間でできました。自分の曲なのでもっと自由な発想で試してみればいいと思って。

『インプロヴィゼーション』の中のバロックの章に、次のようなことが書かれています。
「当時は作曲家自身が自分の作品を演奏するものでしたし、ときには時間がぜんぜんないということもあって、譜面にすべての音を書くというようなことはしませんでした。作曲家は、ここでなにか特定のことをしようというところを思い出すために、音符を書きとめておいただけなのです」

そんな、不完全な楽譜では心もとないので(自信がないので)、その代わりに編曲を済ませて譜面にして弾いたわけです。
さて、今後どんな風に展開していくか? まだまだ試行錯誤は続きます。

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2016年11月25日

ポール・サイモンについて少し

ポール・サイモンについて何かを語るほど何も彼のことは知りませんが、最近興味を持つようになった経緯が自分でもおもしろいなと思っています。まあ、こういうことはよくありますが。
クラシックのように楽譜ありきでない音楽との向き合い方を考えるために、少し前ジャズを勉強しようとしたことはブログにも書きましたが、それを知ったご近所のジャズ好きな方がおすすめのトリオなどをいくつか教えてくださってその中に、ヨーロピアン・ジャズ・トリオがありました。
彼らは皆が知っているクラシックやポピュラー、民謡などをモチーフにした曲をたくさん演奏しています。その中に「スカボロフェア」があります(私が聴いたのはもう10年以上前の演奏ですが、とても素敵です)。

スカボロフェア(ヨーロピアン・ジャズ・トリオ)

スカボロフェアは誰もがどこかで聴いたことのあるなじみのある曲だと思いますが、いい曲だなと改めて思って、元の曲を聴いてみようと思いました。といっても、民謡なのでそれをアレンジして昔歌っていたサイモン&ガーファンクルの動画を観ました。スカボロフェアといえば彼らの曲と思ってたくらい。
よく聴いてみると、アレンジがとても凝っている。ポリフォニックなサウンド。声と楽器(クラヴィコードかチェンバロのような音も聴こえます)が溶け合うように重なって、何度聞いても感動できるような味わい深さです。

スカボロフェア(サイモン&ガーファンクル)

少し前に、ある人の記事でポール・サイモンがバッハの影響を受けていることを知りました。きっと、スカボロフェアのアレンジはポールに違いない!? そのあたりからポール・サイモンへの興味は強くなっていきました。
それで、検索してみると、現在70代半ばでまだまだ現役で今年出したアルバムが全米チャート3位、全英チャート1位というから驚きです。その音楽は、「刺激的で、若い!」。音楽に年齢は関係ないと、勇気をもらいました(笑)。

『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』より「Wristband」

こっちは「Wristband」ライブ

リズムがかっこいい!

クラシックを弾くことは学びと楽しみのために私にとって今も重要ですが(といっても最近はオリジナルに時間がいるので毎日弾くのはほとんどバッハくらいですが)、人前の演奏のための作曲・編曲のためにはもっとジャンルを超えて、ジャンルにとらわれずに音楽に向き合いたいと思っています(ジャズのフレーズやパターンをおぼえることは私にとってはかえってジャンルにとらわれることになると判断しました)。
そういう意味で、クラシックを含む色々な音楽から影響を受けオリジナルを生み出している音楽家には興味があります。ヨーロピアン・ジャズ・トリオのマーク・ヴァン・ローンもクラシックとジャズを同時に学んできたピアニストです。

素晴らしい才能に接すると、自分は何をやってるんだろう?と、ふと我に返ったりすることはびたびですが(笑)、では「やめる?」と自問して、「やめません」というだけです。自分がどこまで行けるか?それだけです。


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実はうちにこんなポール・サイモンのアルバムがありました。
1990年の。とてもアフリカンです。


posted by yoko at 00:22| 京都 ☁| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月15日

バレンボイムの話を聞いて

たまたまツイッターでダニエル・バレンボイムの音楽レクチャーのような動画を見つけました。10分弱の動画ですが、とてもいいお話が聞けました。
Barenboim talks about music
その中で特に印象に残ったことです。
バレンボイムが14歳の時に、ホロヴィッツの前でピアノを弾いた時のことです(バレンボイムは神童だったからすでに普通の14歳とは全然違ったでしょうね)。その時にホロヴィッツがバレンボイムに言った言葉が忘れられないと言います。
「君は常に意思(will)をもちなさい」
それは「何かを表現しようとする意思」のことということです。すばらしいアドバイスですね。

私も「どのような音楽をどのように表現していくのか?」この大きなテーマに向き合いながら、その時そうするのが一番と思ったことを、意思を持って取り組んでいます。

ジャズピアノのレッスンは結局1ヶ月未満でやめました。知らなかったわけではないのですが、やはりジャズはパターンを覚えなければいけない。ジャズピアノを弾くのが目的ではないから、パターンを覚えることは私には意味がない(そもそも興味がない)。
でも、気づいたことは色々あります。それこそが、頭で考えてるだけではわからなかった、やってみてわかったこと。やはり思ったことを実行してよかったと思っています。

どんな音楽であろうと、私は、「歌心」が感じられるものに惹かれるので、そういう音楽にインスパイアされながら、「何かを表現しようとする意思」を持ってこのまま音楽に向き合い続けるつもりです。

posted by yoko at 00:12| 京都 ☁| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月29日

リズムで軽やかに

今日はいるか喫茶バーでBGM演奏をしてきました。
少し前ブログで書きましたが、創作の幅を広げることを主な目的としてジャズピアノの勉強もしているので、今はインプットに時間かけてます。それで、今回は編曲ものを2曲増やしただけになりました。

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先週から、ジャズピアニストの岩瀬章光さんの所にレッスンに行きはじめました。最初から、ジャズピアノを弾く目的というより、オリジナルのためですと告げていますが、変な顔もせず、私の程度をみながらレッスンをしてくださっています。1ヶ月、2ヶ月、いつまで続けるかはその時に判断します。月2回なんで、家でどれだけ取り組めるかによると思いますが。
レッスンでは先生がベースを弾いてくださいます。普通のスケールを弾いてるだけでも、ベースが入ると楽しくなる。改めてクラシックとジャズとの大きな違いのひとつはリズムだなと思います。

先日のバロックのコンサートでも、1曲だけ、打楽器が入ったり、ギターのボディを叩いたりしてリズムをとる曲がありました。すると、急にカジュアルな雰囲気になるんですね。少し厳かな雰囲気から、ポピュラーな感じに。初期バロック時代の音楽の自由さを感じさせる要素のひとつかもしれません。

というわけで、リズムというのはより音楽に軽やかさをもたらすものであると再認識し、そういう部分もピアノソロであってもオリジナルに生かせられないかと思っています。
ちなみに、この間のレッスンでは、リズムはいいとほめてくださいました。うれしい。ほめ育てに弱いです(笑)。


posted by yoko at 23:56| 京都 ☁| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月24日

お寺でバロック

日曜はパブロ・エスカンデさんと三橋桜子さんご夫妻からご案内いただいたコンサートに行ってきました。場所は京都市左京区の法然院。哲学の道の途中から東へ坂を上がって行った奥にあります。哲学の道へは時たま行くことがありますが、法然院は久しぶりです。山門がとても素敵。来月になれば、紅葉で人もたくさんでしょうが、夕方近くということもあってかそんなに多くはなかった。でもコンサートには多くの人が来られていました。

今回のコンサートは、初期バロックの作品ばかりで、お二人の他にバロックの演奏家が二人いっしょに演奏されました。チェンバロの他、バロックギター、テオルボ、コルネットなど初めて見たり聴いたりする楽器がありました。パブロさんがオランダから船で送ったという小さなパイプオルガンも。
お寺の本堂の真ん中にチェンバロがある光景はなかなか不思議な感じでした。他の部屋より天井が少し高く、端に向って少し丸みをもたせてあり、思っていたとおり、柔らかないい音がしていました。

今回演奏された初期バロックの作品は、作曲家も曲も知らないものばかり。でも、全体的に優しい音色、歌も含めた楽器の音の溶け合う美しさ、趣向をこらしたプログラム、知らない楽器への興味などからとても楽しめる内容でした。
近頃は、トークも充実しているとよりコンサートの満足度も高まる感じがしますが、今回も初期バロックの作品や楽器などについての説明がたくさんあって、おもしろかった。
バロック時代は即興演奏もさかんで、八分音符を三連符のように弾いていたということは本で読んだりしていました。そういう演奏も聴いたことあります。これは後のジャズのようですが、今回のお話でバロック時代の即興も何かインスピレーションを得て演奏するというよりも、たくさんのフレーズをストックしておいて演奏する時に引き出しからそれを取り出すというようなことを聞いて、そうか、ジャズもそうやって学習すると聞いたな、と思ったのでした。今回の演奏でも、即興演奏の部分があったようですが、もともとの曲を知らないので、どの部分がそうか、ちゃんとわかりませんでした。

休憩時間に、少しパブロさんと話せたので、最近ジャズを勉強しはじめたと言うと、すぐに何が言いたいかわかってくれたようでした。今日のコンサートとの接点。初期バロック作品はより自由な感じがする(クラシック音楽の中で)ということについて共感できました(夫も)。

コンサートの始めに、住職の法話みたいなのが少しあって、仏教は宗派が違ってもそれを認め合う寛容さがあり、それは大切なことであり、日本のお寺でヨーロッパの音楽が演奏されるのも意義深いことであるというようなことをおっしゃってました(おおざっぱな記憶ですが)。

お寺でバロックは、期待通り、いやそれ以上に素敵でした。

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posted by yoko at 00:28| 京都 ☁| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月16日

聴こえない音楽

先月たまたまツイッターで『リッスン』という映画のことを知りました。公式サイトはこちら
サイトには『「聾者(ろう者)の音楽」を視覚的に表現したアート・ドキュメンタリー、無音の58分間。』という見出しがあります。とても気になって予告編を見て、衝撃を受けました。
それまで、音楽というのは耳で聴くもの、音を使って表現するものだと思っていたからです。でも、確かに彼らは全身を使って、音を使わず、音楽を表現していると感じました。
ぜひ観てみたいと思いましたが、京都での上映は元立誠小学校で、すでに終わっていました。

そして最近、『138億年の音楽史』(浦久俊彦著/講談社現代新書)という本を読んでいて、「これは!」と思う部分がありました。

古代ギリシャと聴こえない音楽
「古代ギリシャ時代の音楽観がわかる恰好の資料がある。五〜六世紀ローマの哲学者ボエティウスが著した『音楽論』である。ここに、古代ギリシャの音楽が三種の分類で示されている。「宇宙の音楽」、「人体の音楽」、「道具の音楽」である。
ところで、この三種の分類は、ぼくたちの常識的な音楽とはまったくかけ離れている。このなかでいまでも音楽として通用するのは、第三の「道具の音楽」だけだ。この「道具」には、楽器だけでなく人の声も含まれるというから、何か「音の出るモノ」を使う音楽は、すべて道具の音楽となる。ほかのふたつ、宇宙の音楽と人体の音楽は、メロディーがあって演奏できるような音楽ではない。つまり聴こえる音楽ではないのだ。
だが、ギリシャ人たちにとっては、どちらも音楽であることに変わりはなかった。」

そして、ボエティウスは「人体」と「宇宙」の音楽について、どちらも「結合」「調和」など、何かと何かを結びつけること(ハルモニア=ハーモニー)であると強調しているということ。

ハーモニーという英語は、日本でも普通に使われていて、音楽をイメージする言葉だと思いますが、音楽に限らず「調和」を意味する言葉。音楽というのは聴こえても聴こえなくても「調和」のためにあるのだと思うと、改めて感動してしまいます。

これを読んで、「リッスン」で彼らが表現しているのは、やはり「音楽」なのだなと思いました。



posted by yoko at 00:18| 京都 ☁| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月06日

「なんてことない」ことはないです!

村上春樹さんのエッセイ集『サラダ好きのライオン』の中の、「オペラ歌手のシャム猫」の中に、

「僕は昔から音楽が好きで、それなしではうまく生きていけないくらいだけど、でもそのぶん耳障りな音楽には耐えられない体質になってしまっているところがある。
その昔、用事があって原宿のファッション・ビル「ラフォーレ」に行った。フロアを歩いていたら、右手の店からホール&オーツの『アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット』が聞こえてきて、左手の店からスティービー・ワンダーの『パートタイム・ラヴァー』が聞こえてきて、それがちょうど僕の耳あたりでがつんともろにぶつかりあった。それぞれの歌は悪くないんだけど、二つが等格で混じり合うと、不快な騒音以外の何ものでもない。神経にヤスリをかけられているみたいで、頭がぶち切れそうになり、それがトラウマになって(ほんとに)、以来原宿地区にはろくに足を踏み入れていない。
今の渋谷センター街近辺でも、おおむね同じような事態が―音楽の傾向はもちろんかなり変化したけど―日常的に生じている。とくにあの巨大テレビ画面の音声が街路上で混じり合っている様は、ほとんど拷問に近い。でも見たところ、まわりにはぶち切れている人はいないみたいだ。とくになんてことないんでしょうかね?」

というのがあって、ここまで読んで、「いえ、なんてことないことはないです!」と言いたくなりました。

私もけっこう音楽や大音量のスピーカーの声などが気になる方で、どうしてこんなに音を雑に扱うんだろう、と常々思っている(あきらめてるけど)からです。例えばスーパーなどで、建物全体に聞こえるBGMが流れているのに、魚屋の前では別の音楽がながれていたり(だから両方聞こえている)、途中で音楽がぶちっと切れて、お買い得商品の紹介がスピーカーから流れだしたり。

私も、色々な音が混ざってたりしてもみんな平気なんかな? と思っていたことがあるので、そうでない人を見つけた(村上さん!)と、ちょっとうれしかった。


posted by yoko at 00:06| 京都 ☁| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月27日

曲を追加しました

昨日、スタジオで録音したオリジナル曲をアップしました。曲に合う画像がなかなか決まらず、手間取りました。

The night stars fall  星が落ちる夜



Still in a dream  まだ夢の中 



Good timing



White night  眠れない夜



To tomorrow  明日へ



I will tell you  君につたえよう



よかったらお聴き下さい。


posted by yoko at 23:51| 京都 ☁| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月16日

心と心が

またまた「心」ですが……。最近の私のキーワードかも。

何度か書いていますが、私は音楽や映画などで泣くことは多いですが、絵を見て涙が出てきたのは今まで2回だけです(以前の「ゆ〜るりぶろぐ」などでも書いていましたが)。もう何年も前ですが、1回目はいわさきちひろが子どもの絵を描いたものばかりを集めた展覧会で。
涙が出るのは理屈じゃなく、ストレートに感情に訴えかけてくる何かによってだと思いますが、それまで絵を見てそういう気持ちになったことがなかったので、少し驚いたくらいです。いわさきちひろの絵は写実的でないのに、ものすごくリアルだと感じるのは(私は)、そもそも絵では描ききれない子どものかわいらしさをこちらの想像力に訴えかけてふくらませる力があるからじゃないかなと思ったりします。シンプルな線(でも、ものすごく子どもを知り尽くして表していると感じられる)に子どもへの愛情、思いが込められていることが伝わってくる気がしたのです。

そして、2回目は3年ほど前(?)「印象派展」で見たいくつかの絵です。誰の絵だったか名前は覚えてないのですが、風景画ばかりです。なぜ風景画で涙が出てくるのか、不思議に思いました。理屈で考えてもわからない。ただ、その他の絵も含め多くの絵から作者がそこで感じている感動のようなものが伝わってくる気がしました。私がもしその場へ行ったなら、そのような心情になるだろうと疑似体験しているような気がしたのです。実際、自然の美しい風景を前にしている時は、目だけでなく、風や光やにおいや温度や音や様々なものを全身で受け止めているわけですから、そのような感動を思い出させる力とはすごいものです。

前回のブログで、『古今集』の中にある記述を少しご紹介しました。
「すべて詩(広くいえば文学、芸術)というのは、まず作者の心に詩的(芸術的)感動が存在するのが原則であるから、……」

きっと見ている者の心をゆり動かす作品というのは、作者の感動によるものだろうなと思います。そして、それを表現する力は必要ですが。

絵に限らず、色々な作品に接してきて、最近特に思うのですが、私が求めているのは作品そのものというよりも、その奥にある「心」だなと。それを判断しているのは、理性ではなく、感情なのだなと。心が心に反応しているということでしょうか?

私がめざす表現というのは、やはりそのように聴いてくださる人たちの心に届くようなものです。




posted by yoko at 14:45| 京都 ☁| 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月15日

「心」と「ことば」

またまた『日本の芸術論』(安田章生著/東京創元社)ですが、前回のブログでこの本では「詩歌論」に重きを置いていると書きました。実際、残っている文献が多いからで、そのことが日本の芸術論の中で、「詩歌」の分野が重要視されてきた表れだと思われます。
詩歌論の章には様々なことについて書かれていて興味深い事柄がたくさんあるのですが、その中からひとつ「心」と「ことば」について書いてある部分を少しピックアップしたいと思います。

「「心」と「ことば」との関係について、その出発点となっている考え方は、『古今集』の序に見られる、「心」を根本とする考え方である。」

中略

「すべて詩(広くいえば文学、芸術)というのは、まず作者の心に詩的(芸術的)感動が存在するのが原則であるから、……」

中略

「内容としての「心」と、表現としての「ことば」とを分けて考えるということは、便宜的なことであるといわねばならないのであるが、日本の詩歌論においては、両者にわけて考えられることが多く、その場合、内容としての心を尊重することが強い伝統となっているのである。」

『古今集』とは調べてみると、平安時代前期の書物。もうその頃に芸術論がすでに存在しているのですね。
「音楽論」にはそのようなことについて書かれたものが見つからなかったから、この本では「名人」について書かれた部分が紹介されていて、前の二つのブログでそのことについて書きました(後で気づいたんですが、タイトルは「芸術はご飯?」ではなく、「名人はご飯だ?」ですね。(笑))。

「まず作者の心に詩的(芸術的)感動が存在するのが原則」という部分を読んだ時、「それそれ」と思ったんですね。それは私がいつも思っていることで、普遍的なことなのだなと再認識した部分です。他にも「それそれ」と思える部分がたくさんあります。

詩も音楽も表現手段であり、核となるのは「感動する心」であるのだと思います。


posted by yoko at 14:21| 京都 ☁| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする